あがり症が治るということ

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治らずに治す

005-20151220-175451「治らずに治す」ってどういうこと?当然そう思うでしょう。あがる事に苦しんでいるのに、治っていないのに、治っているって言葉の遊び?と思うのも無理はありません。

しかし、これは決して言葉の遊びではありません。あがるという事は人間にとって必要なものです。慣れないことを人前で上手くやろうとすると「あがり」ます。準備ができていない事を人前でやろうとしても上がります。

上手くやろうとするのは、向上心があるからですね。上がったことが問題では無くて、慣れないことに習熟する、準備をしっかりする、このことが大事なんです。つまりあがるという事が「まだ準備が足らないよ」と教えてくれているんだと考えて下さい。このことが腹に入り大事にすればあがり症は治ってきます。

あがるのなら、前もって準備をしっかりすれば良いんです。あがるなら、もっとうまくできるように努力すれば良いんです。あがる事が意味するのはそこなんです。良く考えてみれば確かにそれは本当のことだと気づくはずです。

だから、あがる事そのものを問題にするのではなくて、もっと課題を追究して深く研究をする余地があるのにやっていない事を問題にできたら。ネッ。そうすれば「治らずに治って」きますよ。

もしも、あがらなかったら

仮にどんな場面でも「あがらなかったら」どうなりますか。「あがらない」ことを大きな目標にしている人にとっては嬉しい事でしょうが、「あがらない」「平気で人前で話せる」ことで、それ以上の努力をしなくなると思います。

なぜなら、「あがらない」事が一番大事な人にとって「一番大事な目標」が達成できたからです。人生の目標が人前で「あがらない」ことなら、それでも良いでしょう。

でも実際には違いますよね。本来の人生の目標を見失ってしまい、「上がらない」ことを目指しているだったら、苦しくても本来の人生の目標に向かって必要な事をしていきましょう。

本来の人生の目標なんて無いという人もいるでしょう。しかし、毎日やるべき事はあるはずですから、あがる事を理由に逃げずにやればよいのです。
「あがらなかったら」学習も仕事も、もっとバリバリやるでしょうか

きっと今「あがる」ことに苦しんでいる人は、あがることさえ無かったら、どんどんバリバリ仕事をやると思っているでしょう。

例えば、怖いという感情がありますね。この感情を全く感じなくなったらどうなると思いますか。何も怖くなければ、危険に対する備えができなくなり、大けがをしたり、酷い場合には命を失うことになります。

そうならないように「怖い」という感情があるのです。それと同じことが「あがる」という感情にも言えます。

あがらなくなる事はないと覚悟する

だから「あがる」ことはなくなりません。ただあがるあなたの問題は何かといいますと、「あがり過ぎている」ことです。なぜ「あがり過ぎている」かというと、「あがる」ことを過剰に「あってはならないもの」としているからです。

あがるという苦痛を受け入れながら「やるべきことをする」

一言で言えば、あがる事は仕方が無いんです。なくすことはできない自然な感情なんです。それは向上心があるからこその感情です。だから「やるべきこと」の方に焦点を移して仕事や学習に励む事が大事です。

そうすれば、結果的にあまり「あがらなくなる」という現象が自分に訪れます。そしてその内に、あがる事を意識し過ぎなくなり、あがる時はあがるままに、仕事や学習の方を優先させて、「あがる」という感情は自然に流れ去る事になります。

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